第0話前編「黎明の記 ― 呼びのはじまり」|夏休み編

円環之書 黎明の白 記す 第零節「呼びの糸」


世界樹は、巫女として在り、観測者として輪の中心に立っていた。幾千の歳月、幾億の魂の灯が流れゆく中――ひとつの“呼び”が生まれた。未だ名を持たぬその魂は、光と闇に染まらず、静かに時を待っていた。

やがて、その魂はひとりの少年として現世に降りた。霧深き谷にある、小さな村。それはまだ「根」とも呼ばれぬ地であった。

少年は十五の年を迎えても、外の世界を恐れた。人々の笑い声が遠く聞こえるたびに、胸の奥が軋む。誰かと交わるほど、何かが削られていくようで、息が苦しかった。

その年の初夏――二人の巫女が村に現れた。白と朱。鏡写しのような面差し。人々は囁く。「双子は村を割る凶兆」。それでも、少年だけは目を逸らせなかった。

その夜、少年は夢を見た。白の巫女が現れ、柔らかに語りかける。

雲の幕が閉ざす空の奥、ひとすじの糸が震えている。
名を持たぬ呼びは、息吹としてただ在る。
眠りし者よ、まだ覚めるな。
世界はそのまどろみに祈りを込めた。
目覚めは兆し、呼びは静かに始まっている。

翌朝、少年は洞窟へ向かった。初めて自らの意志で外に出る。山風が頬を刺し、土の匂いが胸に満ちる。「変わりたい」――その言葉だけを胸に刻んで。

洞窟の前に、二人の巫女が立っていた。まるで待っていたかのように。

「選ばれし者よ」
朱の巫女が告げ、白の巫女が微笑む。
「恐れるな。お前の“呼び”は、今ここで始まる」

少年は深く頭を垂れ、光に包まれた。――その瞬間、糸が震えた。


第0話後編「黎明の記 ― 根之守の誕り」

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